恐れるに足りない焼夷弾? いやいや、どう見ても恐いですよ!!
昭和18年2月に政府が実施した
 「米軍製 焼夷弾燃焼実験のトンデモ報道



*「日本ニュース」とは


70年前の戦争中、日本政府は国民に「空襲は怖くない。逃げずに火を消せ!」と宣伝していました。「日本ニュース」も、その一つ。映画館で毎週公開された国策映画です。
テレビもインターネットもない時代に、映像のインパクトは今よりも絶大だったことでしょう。



    この木造家屋が、1秒後には・・・!

    そして、2秒後には・・・!!

*焼夷弾の燃焼実験


今回ご紹介する「日本ニュース」は、1943年(昭和18年)2月24日号。10日前に大阪で実施された「焼夷弾の実験演習」を報道しています。

河原か運動場のような平地に、木造の模擬家屋が並べられています。
そこに、アメリカ製の焼夷弾を爆発燃焼させて、威力を試そうというのです。

この焼夷弾は、不時着したアメリカ軍機から押収したもの。油脂弾や黄燐弾など各種の焼夷弾を爆発させていきます。


*まずは、油脂弾

まずは油脂弾。今でいう固形燃料と発火剤が一体化した焼夷弾です。
爆音がおこり、すぐさま火焔が発生。みるみるうちに家屋全体が黒煙に包まれました。その間わずか1〜2秒。
バケツリレーによる消火なんて無理です。
床下に作られた防空壕(退避所)にいた人も、逃げることは不可能です。




   この家も・・・
*次は、大型の油脂弾

次は、大型の油脂焼夷弾の燃焼実験です。
本来は上空から投下されて屋根と天井を突き破って爆発する焼夷弾。高速で落下することと相まって、建物を破壊する威力は絶大です。

この実験では、2階の屋内に設置した焼夷弾を爆発させています。それでも、瞬時に火焔を噴出させて、家屋全体を炎に包んでいます。










   発火の瞬間に・・・!

   その1秒後に・・・!!
*黄燐弾は大爆発!!

さらに続く、焼夷弾の燃焼実験。
今度は、黄燐焼夷弾です。黄燐は発火性が強いうえに、その燃焼煙は毒性が強いため、現在の日本では毒物劇物取締法による規制物質とされています。

左のニュース映像のインパクトも絶大です。爆音とともに一瞬で白煙を噴出して家屋を破壊しています。
これでは、「焼夷弾に突撃せよ」なんて無理です。

ところが、この燃焼実験の翌月に政府が発行した広報誌「週報」には、黄燐の煙は「生理的にはほとんど無害ですから・・・普通は
防毒マスクを付けないで、恐れず突入し敢闘すること(昭和18年3月24日号、10頁)とかかれています。おそるべき安全神話です。
(書籍『検証 防空法』96頁参照)

このニュース映像を見たら、誰もが「焼夷弾は怖い。消火なんてできない。逃げよう!」と思いそうです。しかし、当時の日本政府は、国民の退避・避難を禁止し、消火活動を義務づけていました(→参考ページ)。
そこで、次のようなナレーションが流れるのです。



       唖然とする見学者


    何を思いながら見ていたのか・・・。

*唖然とする見学者と、勇敢なナレーションのギャップ

勇ましい音楽に合わせて、ナレーターが力説しています。

【ナレーション】
一見ものすごい威力を発揮すると思われるこの大型焼夷弾も、訓練ある隣組防護団員の消火の前には常備の砂、むしろ、防火用水で立派に消し止められ、尊い実験の結果が得られたのであります。
備えあれば憂いなし、敗戦の面目挽回(ばんかい)策にアメリカが唱える日本本土空襲もたゆまざる防空訓練と必勝の信念の前には全く恐るるに足らないのであります。

・・・って、どこがやねん!

政府は、アメリカ製の焼夷弾の危険性を十分に知りながら、国民には隠したのです。国民は、最後まで戦争に反対せず、戦争を怖がらず、空襲から逃げないよう指導されたのです。

ニュースには、多数の見学者の表情も写っています。焼夷弾の威力に驚き、唖然としているように見えます。2年後に本格化する大空襲の犠牲になった人たちもいたのではないでしょうか。
もはや「戦争反対」とも言えず、空襲から逃げることも許されず、「焼夷弾の安全神話」を信じるしかなかった日本国民。こんな歴史を、繰り返してはいけないですね。


 動画は、こちらで見ることができます。




*関連リンク
      

      



書籍 『検証 防空法』

SYNODOS 「戦時中の防空法と情報統制」



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